支援団体のご紹介

かものはしプロジェクトインタビュー

かものはしプロジェクトオフィスにて 共同代表 村田早耶香さん(向かって左)

「事実を知ってしまうと、もうそこから目をそらせない」

2017年に実施いたしました第1回社会起業家助成プログラムでは、「世界の児童買春」をなくすための活動をしているNPO法人「かものはしプロジェクト」様をご支援させていただきました。
今回は、かものはしプロジェクト様の事務所にお邪魔し、弊社代表の浅井輝彦(あさいてるひこ)からの応援メッセージを贈呈、かものはしプロジェクトの共同代表、村田早耶香(むらたさやか)さんに、「団体の活動内容」や「立ち上げからこれまでの軌跡」についてインタビューさせていただきました。

村田早耶香様

村田 早耶香
(むらた さやか)

フェリス女学院大学国際交流学部卒業。
19歳の時に、東南アジアで自身と同じ年代の女の子が人身売買の被害に遭っている事実を知り、大きな衝撃と問題意識を感じる。2002年、共同代表の青木・本木らと「かものはしプロジェクト」を設立。以降、カンボジアの最貧困家庭の女性に対する雑貨工房運営やカンボジア警察支援などを通じ、子どもが売られる問題の解決に向け、15年以上にわたり活動中。現在、人身売買の問題が深刻化しているインドにも活動の輪を広げている。
2006年日経WOMAN主催「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2006」リーダーシップ部門を史上最年少で受賞。2012年全国日本商工会議所女性会連合会主催第11回女性起業家大賞優秀賞受賞。

「事実を知ってしまうと、もうそこから目をそらせない」きっかけは、大学時代の恩師の講義

インタビューに応じる村田早耶香様

── 村田さん、本日はよろしくお願いいたします。

はい、よろしくお願いいたします。

── まず、かものはしプロジェクトを立ち上げられたきっかけについて聞かせてください。

きっかけは大学2年生の時に受けた講義でした。その講義は、国連職員もされていた弓削昭子先生のもので、そこで、ある新聞記事が配られました。「タイの売春宿に売られてしまったミャンマー人の女の子」について書かれたものでした。記事中の子は私と1歳違いのほぼ同い年でしたが、HIV(エイズウィルス)に感染、最終的にはエイズを発症して若くして亡くなってしまったという内容でした。その子が最後に残した言葉が「学校に行って勉強したかった」だったのです。

── 当時、学生だった村田さんにはすごく衝撃的な言葉ですよね。

はい。「家族を助けるために虐待を受けながら命がけで働いたその子」と「親のお金で大学に通わせてもらっている自分」。しかも、お恥ずかしい話ですが、その日は6月の梅雨の時期で、少しだるかったこともあり、1、2限には出席せず、3限の場にいました。そのギャップを知り「ものすごく理不尽だ」と感じ、また「生まれたところが違うだけでこんなに違うのか」と思ってしまいました。でも、そのミャンマー人の子がなぜ新聞に掲載されていたかというと、「思い出すのもつらかった。だけど、私が伝えることで、この言葉を聞いた日本の誰かがきっと、こんなひどいことをなくそうと思って、動いてくれると思う」ということだったのです。それが私にはすごく衝撃的で、「これはいったいどういうことなのだろう?」「どのくらいの被害者がいるのだろうか?」そのようなことが気になって、そこから、本を読んだり、様々な文献を調べるなどのアクションを起こし始めるようになりました。

── 調べた実情はどのようなものでしたか?

当時、私が調べた限りでも、人身売買が原因で、多くの子どもたちが亡くなっていっていることがわかりました。自殺でなくなる子も多いですし、そのほか、暴力で亡くなる子もいます。また、生き残ったとしても、その後、精神的にも身体的にも影響が残り、苦しんでしまう子も多くいました。その時に、「やはりこれはおかしいのではないか?」「これは、現場に行かなきゃ!」と思い、タイとカンボジアに向かいました。

── 現地での体験がかものはしプロジェクトの原点なのでしょうか?

はい、その時の体験が私たちの活動の始まりでした。それまでは文献や本で調べるだけでしたので、誤解を恐れずに言えば、忘れてしまうこともできたかもしれません。ですが、実際に現地に行き、本人を目の前にして、その事実を知ってしまうと、もうそこから目をそらせなくなってしまったのです。当時、私はまだ大学生でしたが、「この問題を解決したい!」「事実をもっと知ってもらいたい!」との想いから、かものはしプロジェクトの活動をスタートさせました。

大成功したカンボジアでのパソコン教室事業を手放す!? 私たちのミッションは「子どもが売られない世界をつくる」こと

── 今さらですが、かものはしプロジェクトはどのような活動をしているNPOなのですか?

かものはしプロジェクトは、カンボジアとインドで現在活動しています。カンボジアでの取り組みは、ウェブサイトにも詳しく記載してありますが、主な取り組みとして、次の2つの活動を過去に実施しています。

  • 1. 警察支援(現地の警察と連携して子どもを買う人を逮捕する)
  • 2. コミュニティファクトリーの経営(現地農村の雑貨工房での商品製作による自立支援)

現在はコミュニティファクトリーの経営に集中しています。前者が「子どもを買わせないための取り組み」、そして後者が「子どもを売らせないための取り組み」になります。

── 2つの方向から問題解決に取り組む姿が素敵ですね。ただ、海外のNPOが現地での公のセクターである警察の支援をすぐにできるものなのですか?

それは非常に難しい問題でした。私たちは2004年からカンボジアにも事務所を立ち上げているのですが、最初から警察と連携して活動するのは、海外の団体ですので一筋縄でいくものではありませんでした。

── どのようにして解決されたのですか?

まずは「実績作り」が大事だと思いましたので、自立支援からスタートしました。自立支援活動で現地での実績を作ってから、現地での活動をしていたユニセフ事務所の方から紹介していただき、警察支援も開始できた流れです。

ユニセフとは

ユニセフ(UNICEF:国連児童基金)は、すべての子どもの命と権利を守るため、 最も支援の届きにくい子どもたちを最優先に、190の国と地域で活動しています。
保健、栄養、水と衛生、教育、暴力や搾取からの保護、HIV/エイズ、緊急支援、 アドボカシーなどの支援活動を実施し、その活動資金は、すべて個人や企業・団 体・各国政府からの募金や任意拠出金でまかなわれています。

── なるほど。だから、最初にコミュニティファクトリーを作られたのですね。

いえ、実は最初はコミュニティファクトリーではなかったんです。カンボジアに事務所を作った当初の2004年、最初にスタートしたのは、首都プノンペンでのパソコン教室でした。当時、ITの力に大きな可能性を感じていましたので、WordやExcelのほか、Webサイト制作に役立つPhotoshopやIllustratorなどを教える教室の運営を行なっていました。

── 最初は雑貨ではなくITだったのですね!その事業から撤退されたのは、事業がうまくいかなったからですか?

いえ、あくまで私たちの中での評価ではありますが、パソコン教室自体はかなりうまくいっていました。具体的な数字をあげると、3年間で約120人の子どもを支援し、その中には、次のような成果を上げる子どももいました。

  • スキルを活かしてかなりの高収入を得られるようになった子
  • シンガポールに留学しその後アメリカの大学に進学した子

ゴミの山でゴミを拾っていた子どもたちが、このようなスキルを得ることで貧困を克服するのを目の当たりにし、私たち自身ある程度の手応えはつかんでいました。

── そんなにうまくいっていたのに、なぜコミュニティファクトリー(雑貨工房)に事業を変更されたのですか?

一番大きな理由は、私たちのミッション「子どもが売られない世界をつくる」を達成するためでした。というのも、私たちのパソコン教室で支援していた子は、売られてしまう子(人身売買や児童買春の被害に遭う少女)ではなく、すでに都市部で保護されている子だったのです。もちろん、パソコン教室は、自立支援という点では意義がある活動だったとは思います。しかし、売られてしまう子どもたちの多くは農村の子だったので、都市部の子を支援しても、売られてしまう子の数が減りにくいということがわかってきたのです。パソコン教室で貧困削減には貢献できても、私たちのミッションを達成するために、やり方を変える必要性を感じていました。「農村で被害者を減らす取り組みをしなければならない」と。

── 大きな決断だったと思います。そこに葛藤や困難はなかったのですか?

もちろん、これは簡単な決断ではありませんでした。組織が今後どうなるかも一番不安定な状態になるくらいに。具体的には、次にあげる、資金面や人的な問題がありました。

  • ITの事業部を日本に作っていた(カンボジアのIT事業を閉じると日本も機能停止の可能性がある)
  • 支援者への説明
  • 助成金もIT事業で申請していた(契約期間が終わるまで変えられない)

また、雑貨工房での活動でも、以下のような課題も山積みでした。

  • 農村部での活動経験がない
  • 資金面の問題
  • 村人との交渉、信頼関係の構築

── それでも農村部での活動にシフトしたのはミッションのためですか?

はい、農村部へのシフトの方針がぶれなかったのはミッションのためでした。正直、どちらを選んでも正解だと思うんですね。目的が貧困削減なら、IT教育を続けても正解だったと思います。ですが、私たちのミッション「子どもが売られない世界をつくる」に、より大きく貢献するのは農村部の支援だということはわかっていたので、迷いはありませんでした。様々な困難がありましたが、それを乗り越えて、コミュニティファクトリーを作ることができたのは、一緒に活動している仲間のおかげだと思っています。

ブックカバー

コミュニティファクトリーで作られているブックカバー

── そのぶれない姿勢がすごく素敵ですね!実は、今回、弊社の社会起業家助成プログラムでかものはしプロジェクトさんを選定させていただいたのは、そのコミュニティファクトリーが決め手だったのです。

そうなのですね。うれしいです!

── はい、ミッションももちろんなのですが、地域に根差したビジネス的手法で課題解決に取り組まれている、そしてそれだけでなく、経営的にも安定しているところを評価させていただきました。

ありがとうございます!コミュニティファクトリーは本当に現地のメンバーが様々な苦労を乗り越えて作ってきましたので、そう言っていただけて大変光栄です。

次はインド!「問題が起こっている国で活動していきたい」

── 村田さんの最初の想いがあるからこそ、思い切った決断ができたのですね。すごく素敵だと思います。最後に、現在力を入れられている活動や、これからの展開を教えてください。

はい、活動自体は2012年から開始しているのですが、今はインドに力を入れています。というのも、カンボジアではもうほとんど被害者がでなくなっているためです。ですが、インドにはまだまだ売られてしまう子たちがたくさんいて、また、一度被害に遭うと社会復帰が難しいという現状があります。それならインドでの活動を強化していこう、ということで、今は力を入れています。

── インドというと、 文化や人などカンボジアとは違った困難も多そうですね。

はい。必ずしもそうとは言い切れないのですが、カンボジアはほぼ1つの民族の国と認識して活動しても、さほど大きな支障はありません。でも、インドは少し事情が違うように感じます。何しろ、10億人以上の人口を抱え数百の言語を持っている国です。活動している州ごとにも文化・風習が違いますので、連携もなかなか一筋縄ではいかないことも多いです。ただ、多くの困難もありますが、「問題が起こっている国で活動していきたい」という気持ちが強くあり、それが私たちのミッションなので、今後もそのために活動していきたいと思っています。

── かものはしプロジェクトの活動と軌跡、すごく素敵でした!微力ですが、弊社も応援できて大変光栄です。本日はありがとうございました。今後も活動応援しています!