かものはしプロジェクト(左より)早瀬 真理絵様、五井渕 利明様
「なんとかしたい」を大きな力に変え、より良い社会をつくっていきたい
CSR活動の一環として、2017年から「社会起業家助成プログラム」を開催しているテル・コーポレーション。記念すべき第一回には、「かものはしプロジェクト」への支援・寄付を決定し、その後も継続して支援させていただいております。
前回の取材からコロナ禍を経て活動にどのような変化があったのかなどを、日本事業部の五井渕利明様、ソーシャルコミュニケーション事業部の早瀬真理絵様をお迎えし、お話を伺いました。
かものはしプロジェクトとは
「こどもが売られない世界をつくる」をミッションに掲げ、2002年に立ち上げられたかものはしプロジェクト。「こどもが売られる問題」をなくし、世界のこどもたちが未来への希望を持って生きられるようにと、寄付・募金・ボランティアの協力によって、カンボジアやインドで活動を続けてきました。
設立20年を迎えた2022年6月には、ミッションを「だれもが、尊厳を大切にし、大切にされている世界を育む」に変更。「こどもの虐待や貧困『なんとかしたい』を大きな力に変えていく」というキャッチフレーズを制定して生まれ変わり、現在はインドと日本での活動に注力しています。
─ 前回の取材以降の、かものはしプロジェクトの活動についてお聞かせください ─
活動の拠点をカンボジアからインドに
貴社からのご支援や、様々な関係者の努力の末に、こどもの売られる問題がほぼないと言える状況になり、2018年にはカンボジアでの事業を終了しました。まずはこの場を借りてお礼を申し上げたいと思います。また、この度も新たにご寄付をいただきまして、誠にありがとうございます。
カンボジアに続き、現在はインドで、人身売買をなくすための活動を行っています。商業的性的搾取や労働搾取を目的とした人身売買が横行しているインドでは、2012年から活動を開始しており、こどもが売られない社会の仕組みをつくる「タフティーシュ事業」と、サバイバー(人身売買被害者)が自分の人生を取り戻すための「リーダーシップネクスト事業」という二つの事業を展開しています。
サバイバー(人身売買被害者)に寄り添う二つの支援
「タフティーシュ事業」とは、現地パートナーやサバイバーとともに、加害者の捜査・裁判や被害者支援の仕組みを変えていく取り組みです。2023年度の具体例でいうと、現地弁護士パートナーの協力を得て124名が被害者補償申請をし、55名が認められて補償金を受け取ることができました(69名は保留中)。日本円にして15万〜150万円の補償金は、サバイバーたちの裁判資金をはじめ、生活の立て直しに大いに役立っています。
もう一つの「リーダーシップネクスト事業」というのは、人身売買の被害を生き抜いてきた一人ひとりがサバイバーとして自らの人生を取り戻し、サバイバーから今度はリーダーへとなって社会を変えていくことを目指すものです。識字、本来の権利を行政等に主張できる力を身に付け、人身売買の阻止だけでなく、彼らが変えていきたい、取り組んでいきたいと思う活動を支えています。昨年現地に赴いた時には「警察に自分たちで被害を訴えることができた」などの報告を受け、着実に活動の成果が出ていることを確認しました。
現在、サバイバーリーダーと呼ばれる若者は1,000人以上となり、私たちはその一人ひとりの声に耳を傾けてニーズを探り、問題解決に取り組むパートナーとして「かものはしにできること」を模索し続けています。
─ 新型コロナウイルス感染症の流行などで、活動に変化はありましたか?─
コロナ禍以前からずっと懸念していた日本
新型コロナウイルス感染症の流行は、事業に大きな影響をもたらしました。インドでも多くの方が亡くなりましたし、都市部にいる人々に対して地元の村に帰れという指示も出たりするなど騒然としました。日本でも仕事を失って食事にありつけなかったり、引きこもったりする若者が続出するなどして、私たちも緊急支援を行いました。
世界中が危機に見舞われ、社会は混乱。さまざまな課題が噴出しましたが、実は、新型コロナウイルス感染症が流行するもっと前から、日本のこどもや若者を取り巻く虐待や貧困について懸念していました。ただ、設立当初のミッションである「こどもが売られる問題」に沿わないという理由から着手できない状況にあり、ずっと歯がゆさを感じていたのです。
「こどもが売られる問題」以外にも、目の前に解決しなければならない課題が複数あるのなら、それら一つひとつに取り組んでいきたい。そんな思いが膨らみ、ついに2019年、大きく舵を切り日本での活動を開始しました。
多くのサポーターの方々が日本事業に賛同
海外への支援から日本事業を始めるにあたり、かものはしの当時のミッションに同意してご寄付くださっているサポーターの方々が、離れていってしまうのではないかという不安もありました。
2019年の総会でのパイロット事業開始のご報告後、2020年の新年にサポーターの方々に年賀メールを送り、正式に日本事業を始めることをお伝えしたのですが、少数ながら「私が支援しているのは海外での人身売買。海外のこどものために資金を使ってほしい」と退会された方もいらっしゃいました。
しかし、実際には賛同してくださる方が圧倒的に多く「日本のこどものことも気になっていた」「かものはしがそれに取り組んでくれるのは嬉しい」という応援の声をたくさんいただきました。
─日本ではどのような事業を展開されているのかをお聞かせください─
虐待された人が回復できる社会をつくる
日本事業は主に二つで、一つは若くして望まない妊娠等をして、家族からのサポートも受けられないという孤立した妊産婦の支援です。一人でこどもを育てていくことが困難な妊産婦とつながり、産前産後に安心して過ごせる暖かい居場所を提供。地域の支援者とともに安心して、産み、育て、暮らすことができるように取り組んでいます。2024年4月には、孤立しがちな妊産婦さん向けの居場所「ふたやすみ」を千葉県松戸市に立ち上げました。
もう一つは、児童養護施設などを出た若者の巣立ちの応援事業です。虐待を受けた経験を持つこどもたちが入る児童養護施設というのは、高校卒業と同時に出て行かざるを得ないことがほとんど。しかし親や家族を頼れず、経済的な後ろ盾もない彼らの多くは、退所後に生活困窮に陥りやすいという状況にあります。そこで、児童養護施設や支援団体などとのつながりを持ちながら退所後も安心して生活できることを目指して、現場支援と政策提言を行っています。他の地域の知見などを参考に考え実行し、また、制度改善を求める活動によって日本の若者の退所後のケアを充実させていこうと取り組んでいます。
2022年、新しいミッションを制定
日本での児童虐待の相談対応件数は年々増え続けていて、2020年以降は年間20万件を超えています。日本ではこどもが売られることはない、しかし、虐待や貧困をはじめとした日本のこどもを取り巻く悲しい現実は、目を背けられないほど深刻になっています。かなり長い時間をかけて議論した結果、私たちは「尊厳」という言葉にたどり着き、2022年に新しいミッションを制定することとなりました。
だれもが生まれながらにして持っている「人」としての「尊厳」を、だれもがお互いに大切にしあえる社会をつくりたい。その思いを込めて「だれもが、尊厳を大切にし、大切にされている世界を育む」としました。
ロゴも、これまでの動物の「かものはし」に代わり「架け橋」をイメージしたものに変更しています。
―最後に、かものはしの思い、そして今後についてお聞かせくださいー
「なんとかしたい」が大きな力になると信じて
悲しいニュースを見るたびに「なんとかしたい」と思うけれども、自分一人ではどうすることも、どうしていいかもわからない。でもそんな「なんとかしたい」と思う一人ひとりの小さなアクションの積み重ねや連鎖が、社会を変えていく力になると信じて活動しています。実際に多くの人の行動や力でカンボジアの状況も変わりました。
現在、毎月寄付をしてくださるマンスリーサポーターが17,000人くらいいらっしゃるのですが、その方々一人ひとりが「なんとかしたい、なんとかなるかもしれない」と思っているとしたら、ものすごい希望を感じます。
このサポーターさんたちとも、コロナで交流がオンラインになってしまったので、昨年度より対面で会う企画を再開しました。全国のサポーターさんをもっとよく知りたい、そんな思いで今までお会いできなかったもどかしさを取り戻すべく、今後も新たな企画を打ち出していきたいと思っています。
さまざまな問題解決に地道に取り組んでいきたい
最後に余談になるのですが、貴社が不動産関係ということでお話させていただいてもよろしいでしょうか。実は、困窮者向けの住宅事情をどうにかしたいと考えています。先ほどお話した児童養護施設を出なければならない若者たちは、親も頼れず保証人になってくれる人がいないので大家の理解が得られず、借りられる家はものすごく限定されているのが現実です。空いている部屋はあるはずなのに、必要としている人には行き届かない。多くの人が困っている状況であるのに法律や法令が遅れているこの問題を、時間がかかってもどうにか変えていきたいと思っています。
五井渕 利明(ごいぶち としあき)
日本事業部マネジャー。6年間の地方公務員経験を経て、すべての人が「共に生きたい」と思える世の中を実現したいと願い、複数のNPOや中間支援組織に所属して活動。日本社会を生きるこどもや家族を取り巻く不条理・生きづらさを少しでも解消したいと、2020年8月かものはしに入職。
早瀬 真理絵(はやせ まりえ)
ソーシャルコミュニケーション事業部シニアスタッフ。アフリカで幼少期を過ごす。民間企業および外務省での勤務の後、海外で専業主婦となる。帰国後、社会課題の解決を仕事にするという決意を胸に就活。かものはしの組織文化と個性豊かなメンバーに惹かれ、2018年5月に入職。